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表参道で働くシニアのブログ

ボカロ曲のリズム感について書いてるブログがおもしろくて、日本のポピュラーミュージックにはリズム感があったりなかったりするのかもしれないと漠然と考えた

ちょっと前の記事なんだけど、最近読んだこのブログがおもしろかった。

ボクボカ第126回「千本桜に対する困惑」 - ボカロとヒトのあいだ

「千本桜」にはタメや、ハネが一切ない。定規できっちり計れそうなくらいに均等で均質なリズムが刻まれる。とはいえ、ミニマルなビートを反復することによって気分を昂揚させるテクノ系のリズムではない。白人特有のスクウェアなリズムでもない。ひたすらに淡々としている。

「千本桜」を支持する世代と、R&Bがベースにある音楽を聴き続けてきた世代はとっくに断絶していて、前者にとっては「千本桜」のリズムこそが自身の生体リズムを反映し、逆にR&Bは不自然に感じられているのではないか。

これすごい面白かったので、日本のポピュラー音楽のリズムみたいなことについてちょっと考えた。

少し自分語りをすると、R&B的なリズムっていうのは、ハイティーンのころに洋楽をたくさん意識して聴くようになってから、拍子をカウントしながら後天的に身につけたっていう記憶がある。洋楽に詳しい友人に「8ビートのウラをトルのがね……」なんて言われながら、いやぜんぜん取れねえよ、とかおもってた。以前に「いつまでたっても「歌が聞き取りにくい音楽=かっこいい」みたいな新手の中二病っぽい音楽の聞き方をしてるおっさんがマイブラの新譜とか最近のアニソンとか聞いたはなし」ってエントリ書いたけど、ビートがハネてる音楽ほどエライ、みたいな聞き方もたぶん同じように刷り込まれてるとおもう。

いまもそんなにリズム感いいほうじゃないから、そういう苦労をしたの自分だけかもしれないけど、一般に日本人は黒っぽいリズム感がない、みたいな言われ方をしてるようにおもうので、同じようなひともけっこう多いかもしれない

そういえば、'70年代のディープ・パープルの来日公演で、観客がイントロで民謡調の手拍子をしたのでリッチー・ブラックモアがいったん弾くのやめて、手拍子がウラになるように弾き直したって伝説もあった*1

ライブの現場におけるリズムの表とウラの関係についは、音楽ライターの柴那典さんが長文の考察をしてて*2、コンサート会場におけるリズム感は、古くて新しい問題なのかもしれない。

バックビート問題については、コンサートでアンコールを呼ぶときに拍手を「アン」と「ル」で叩くひとと、「コ-」と(無声)のウラで叩くひとっているよね? ってフェイスブックで聞いたら、最近よく見かけるのは「アン」「コー」「ル」三拍(+休符)の現場が多いってコメントついて、そもそもかウラとか関係なかった……。

で、ボカロ曲のことに戻ると、一般論として今では、そういうロック的なビートと取り方とか、黒っぽさを感じるリズム、みたいなものを学習したりする必要をかんじないまま音楽を聴き続けてもぜんぜんかまわないようになってきてるのかもしれないな、とおもった。

先のブログで「千本桜」のリズムは「サイリウムを上下に振ったり、ヘッドバンキングを繰り返すのに適している。しかし、ダンスにはまったく向いていない」って書かれてるけど、さらに音楽ゲーム太鼓の達人」でWiiU版の収録曲だったりもしてて、ニコ動を見てない小学生でもふつうにボカロ曲とか知ってたりしてなかなかおもしろい。

太鼓の達人」収録曲のジャンルにしても「J-POP」「アニメ」「ボーカロイド曲」「バラエティ」「クラシック」「ゲームミュージック」ってなってるのもなかなかすごい。ドラミングのゲームのはずなのに、「ロック」とか「R&B」とか「レゲエ」とか、そういうビートの種類みたいなの関係ないんだもんね。実際にプレイしてるところを見てても、ドラミングのゲームなのにダンサブルさをあまり感じさなくてビックリする。

それがいいことなのか、悪いことなのかわからないけど、世界的に広まっているR&B的なリズム感をベースにしたポピュラー音楽の現場から、日本のポピュラー音楽はどんどん乖離していってるのかもしれない。

今年のはじめに「ダイヤモンド・オンライン」で、m-floのTakuさんが日本の音楽ビジネスのガラパゴス化を危惧したインタビューに答えてて、タイトルがけっこうアレなので不要な反発を招いたきらいもなくはなかったけど、日本のポピュラー音楽からビート感が欠落してくことと重ねて読みなおしてもおもしろい。

そもそも、ものの本によると、日本人のリズム感というのは、ビートを刻めるような等拍なものではなくて、不等拍もしくは無拍なんだという。たとえば、箏(こと)+三味線+尺八の純邦楽3楽器の演奏家の団体「日本三曲協会」のウェブページには、日本の「拍子」についてこう書いてある。

日本の音楽では、「拍」といっても、すべて等拍であることが標準であるというわけでもなく、また、「拍節」といった拍の集まりをなんらかの周期で区切った単位も、機械的に均質であるとも限らないのです。
 不等拍または無拍の音楽も、非常に多いのです。……

三曲についての基礎知識 三曲の楽理用語 - 公益社団法人 日本三曲協会

わらべ歌とか民謡なんかでも、拍を正確にとらないで、それぞれの音をちょと伸ばしたり縮めてもあまり気にならない。そもそも「あんたがたどこさ」とか何拍子なんだかわからない。三三七拍子はそれぞれ休符を入れて四拍子なのだとかよく言われるけど、その休符の部分をきっかり一拍分休んでるかんじじゃないし、運動会の応援でどんどん早くなるみたいなのやってたときも、続けて叩くとオール拍手と区別つかないからちょっと空けてるってかんじだった。

これまで日本のポピュラー音楽は、洋楽の影響がなんだかんだいって大きくて、流行りの音楽をやろうとすると、何らかの形で黒人音楽の影響を受けたリズムのスタイルを意識しなくてはいけなくて、無拍子で育ってきた日本人はまずそういうリズム感を身につけるところからはじめないといけなかったということはあるだろう。

でも、これからはそういう呪縛から開放されて、思う存分に日本人っぽいリズム感の音楽(というよりリズム感のない音楽?)が主流になってって、すっごい独自の進化を遂げたりするかもしれない。まあ、でもボカロ曲みたいな打ち込みで不等拍な音楽やるのかなり無理ゲーっぽい気もするけど……。

一方で、中学校の体育でダンスが必修になるって話もあって、このダンスっていうのは社交ダンスとかフォークダンスとかじゃなくって、もちろんヒップホップのダンスなわけで、学校で黒っぽいリズムを教えるっていうの、本来のメインカルチャー/サブカルチャーの関係からいうと逆になってておもしろい。

関係ないけど、日本でヒップホップダンスが普及しはじめた'80年代後半にテレビの一般参加で「ダンス甲子園」ってコーナーを「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」がやってて、今や参議院議員の山本太郎氏はここでデビューしたんだけど、使ってた楽曲はヘビメタで、ぜんぜんヒップホップじゃないまま人気モノになってたんだった。

あと、これも直接関係ないけど、ビートとか拍子でウィキペディア見てたら「拍手」の項目で、「明治以前の日本には大勢の観衆が少数の人に拍手で反応するといった習慣はなく、雅楽、能(猿楽)、狂言、歌舞伎などの観客は拍手しなかった。」って書いてあって、日本人はそもそも手締と柏手くらいしか手を叩かなかったのかもしれない。


日本の音―世界のなかの日本音楽 (平凡社ライブラリー)

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王様の恩返し?王様の日本語直訳ロック集

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ペインキラー

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*1:実際に聴き直してみると、止めてリズム取り直して弾き直してはいるけど、手拍子がウラになるようにではなかった。行進曲みたいな四つ打ちの拍手がダサかったのかもしれない

*2:これ「その1」ってなってるけど、その2以降を探せなかった…… → [追記]ブックマークコメントで id:shiba-710 さん本人に教えていただいたので追記しました