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in between days

表参道で働くシニアのブログ

ミュージックフェアでエレファントカシマシを見てようやくロックを傾くってことが腑に落ちた

土曜日、ミュージックフェアエレカシを見る。ライブにいまもよく行ってるというアラカワさんがいま宮本が絶好調ですごいと言ってて、ぼくは「頑張ろうぜ」とか歌いだして以降のエレカシはぜんぶクソだとおもってるので、そんなものだろうかとおもっていたけど、たしかに斉藤和義といっしょに「今宵の月のように」を歌っていると高いところも出てるし声もでかいしボーカリストパフォーマーとしての存在感は半端ないなあとおもった。それで、ちょっと前に見た「カバーズフェス2016」でRCの「明日なき世界」をブラフマンと歌ってて、サビの「世界が破滅するなんて、ウソだろ?」のところがまさに「はい。ウソです」とこたえたくなるようなウソくささがすごくて、なんか楽曲とパフォーマーが合ってないのではないか? とおもっていたりしたのだけど、ようやくわかった。これはすべてウソなのだ。ウソというと語弊があるかな。作りもの、芸なのだ。傾いている。役と芸が一体となっており、歌舞伎のようなものではないか……みたいなことをいろいろ考えた結果、これは最高級の「ロック芸」であり、全身ロック者として一心にロック芸を傾きつづけてるのだこの人は。あの、上野の水上音楽堂で突然コールアンドレスポンスを要求しはじめて客を唖然とさせたあのころから、このひとはずっとロックを文学としてではなく、芸事として傾きつづけていたのではなかったのかということだったのだなと腑に落ちた。ようやくかよというかんじではあるし、ひょっとするとその前の強面のころからずっとそういうことだったのかもしれないが、いややはり4枚目まではそうではなく5枚目からが芸であるとしておいたほうが作品論としては納得しやすいんだけどな。

それはさておき『ファイティングマン』というタイトルのベスト盤が出るので代表曲をメドレーでっていう前フリで「悲しみの果て~俺たちの明日」ってのはちょっと肩すかしだった。やっぱ「ファイティングマン」やるとおもうよね。

ところで「明日なき世界」は米国のヒットソングであって、オリジナルを歌ってるのはバリー・マクガイアなのだが、つい「RCのカバー」と言ってしまいがちにないるのはどうしたものだろう? 正確には、P・F・スローンがバリー・マクガイアに提供したヒット曲を高石ともや訳・演を元にしたRC版とか書かないといけないのではないか。清志郎にオリジナリティがありすぎるせいなのかなんなのかわからないけど「デイトリームビリーバー」にも似たようなところがある。

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