少し間が開いてしまいましたが『絵本論』で取り上げられている絵本のまとめを続けます。今回の題材は『絵本論』の後半分を占める「十二人の絵本作家たち」です。これは、雑誌「月刊絵本」創刊号(1973年5月)から13号(1974年6月)までの連載をまとめたもので、すばる書房から1976年に単独で単行本化もされていました。
取り上げられている十二人は「絵本作家の代表」として選んだものではなく、「癖が強くて、簡単には書けない」が「絵本の本質的な問題を担っている個性」だと説明されています。なんにせよ作品論ではなく作家論なので、各節で作家ごとに何冊か代表作が挙げられています。
またこれらの作家の「絵本を論ずる立場」として次のような三つを挙げています*1。
- 読者の子どもを忘れて、大人のひとりよがりに陥ってはならない
- 印象批評ではなくて、技術論、あるいは分析的な批評であろうとした
- 耳なれない画家たちであるために(略)歴史的ななりゆきをのべた
この三点は現在の大人たちが絵本を見る際にも留意しておきたい点だと思いました。とくに大人が絵本を見るにあたって「大人のひとりよがり」に陥ることの愚については、この本でも何度となくくり返し注意が促されています。
それでは、瀬田先生がここで選んだ絵本から、現在も手に入りやすい外国人作家作品をピックアップして、まとめていきます。このため十二人からかなり減っていますがご了承ください*2。
ウィリアム・ニコルソン / おりこうビル(1927年) ほか
1890年来の木版画の大家である著者による、数少ない子ども向けの作品の1つです。
- 作者: ウィリアム・ニコルソン,まつおかきょうこ,よしだしんいち
- 出版社/メーカー: ペンギン社
- 発売日: 2018/08/01
- メディア: 大型本
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第二次世界大戦前という時代を感じる作品ですが、構成力が高く評価されています。
彼が連続体としての絵本の働きを自覚していたことは、ビルの追っかけ四面のカメラを上へしだいに引き上げて、汽車との関係を終着点にもっていくやり方にも、あれやこれやのトランク詰めの五面に、ちがったポーズをとらされるビルの移動の示し方にもうかがわれる。
あわせて画家としての絵の巧みさも賞賛されています。
あれやこれやの詰め方の四場面をとっていえば、それこそおもちゃ箱をひっくり返したような混乱と、同一場面の単調さとが救いがたく露呈すべき場面だが、いずれも線と色と構図とのみごとな絵になっている点に注目していただきたい。
いま国内で手に入るのはこのオリジナル作品の前に挿絵だけを手がけた絵本。
- 作者: マージェリィウィリアムズ,ウィリアムニコルソン,Margery Williams,William Nicholson,いしいももこ
- 出版社/メーカー: 童話館出版
- 発売日: 2002/03
- メディア: 単行本
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そしてさらにそれ以前に出版した大人向けの木版画作品があります。
現代のイラストレーションと絵本芸術の先駆けをなした巨匠W・ニコルソンによる傑作絵本。人の目をあざむくような一見素朴でシンプルな美しい動物の木版画に、A・ウォーが風刺とエスプリのきいた詩をつけて、しゃれた小枠な絵本にしたてあげました。現代的なセンスをもちながら、現代絵本には見られない手づくりの味をたっぷり含んだ、手に持っているだけで楽しくなるような味わい深い絵本です。
エズラ・ジャック・キーツ / ゆきのひ(1962年)ほか
コラージュという独特の手法を活かして、60年代に黒人少年ピーターを主人公とした連作を発表して評判になった方です。処女作刊行時に46歳だったというのも珍しいですし*3、60年代に黒人少年が主人公とした点も「破格」と評されています。
- 作者: エズラ=ジャック=キーツ,きじまはじめ
- 出版社/メーカー: 偕成社
- 発売日: 1969/12
- メディア: 大型本
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『ゆきのひ』のグラフィカルな美しさは、コラージュによる色紙や模造紙の色相のマッスの大胆な使い方にある。そして朱や藍の目にしみる美しさが、「雪」の余白の油絵の具の淡彩によってひきたち、雪の白さがまた空や街灯や衣装の原色によって強調される方法は、けっして単調な貼絵一点張りでできるものでないことを知った者の、かなり複雑な意識から出ている。
そして注意しておきたいのは、(中略)センチメンタルにはならず、ムードに流れていない点である。キーツはたびたび口に出してセンチメンタリズムをしりぞけているが、自己抑制のきく彼には、恣意で手放しな感情の流出はない。(中略)ここには無駄なかざりがなくて、ひたすら動きまわる子どもがいるだけである。
安易なセンチメンタルに流れてしまうことを悪しとし、またシンプルで虚飾を斥けた表現を評価するのは、瀬田先生の絵本論を読むと何度もくり返し言われている点です。
この『ゆきのひ』で登場した黒人少年ピーターが第2作『ウィリーをよぶ口笛』(現在の邦訳タイトルは『ピーターのくちぶえ』)以降は成長していき、それにつれて絵本や作家も変化していく。
一九七一年の『アパート3号室』は、『ゴグルズだ!』(引用注:現在の邦訳タイトルは「ピーターのめがね (キーツの絵本)」)をさらに押しすすめて、暗い油彩をいっそう複雑に荒くしているようである。(中略)映画でゴダールのやったような視覚の現実界への開放というような、現実感覚にストーリーの水路をみちびきいれる方法である。
キーツは、抒情をかわいたものにする抑制のきいた現実感覚を持っていることを、私ははじめにのべた。彼の『口笛』や『いす』の構図には、かならず画面の下端から少し上がったところに床の線、道の線が引かれている。『手紙』では、がっかりして帰る足とかげぼうしだけが描かれる。これが彼の舞台とする巷(ちまた)のレベルであって、これも彼の生活感から来る現実感覚のあらわれであるように私には思える。
なおキーツが黒人少年を主人公にしたのは、キーツがブルックリンの貧民街に生まれて育ったということに関係があるという。幼少年体験から、ダウンタウンの黒人少年の自然な生活をモチーフに絵本が作られたようである。
マーガレット・ワイズ・ブラウン / おやすみなさいのほん(1943年) ほか
1952年に42歳の若さで亡くなるまで、100冊以上の子供向けのストーリーを書いた絵本物語作家(つまり絵は描かないでその原作の物語だけを書く作家)です。
- 作者: マーガレット・ワイズ・ブラウン,ジャン・シャロー,いしいももこ
- 出版社/メーカー: 福音館書店
- 発売日: 1962/01/20
- メディア: ハードカバー
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シャローの絵はもちろんすぐれているが、しかし文もよいのである。それが目立たない。ということは、文が絵のひきたて役にまわっているのである。(中略)文が、ゆっくりしたリズムで単純な語で、よけいな言葉一つなく静かに打ちはじめる。その簡潔無比なつかいざまをみよ。
- 作者: マーガレット・ワイズ・ブラウン,クレメント・ハード,岩田みみ
- 出版社/メーカー: ほるぷ出版
- 発売日: 1976/09/01
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いったい小さい人たちの絵本はあるが、より小さい人たちのために、この絵本作家が生まれたといえないだろうか。(中略)児童文学はいちばんはじめ、大人がみずからに近い年齢からはじめて、年の幼い層はいちばんあとまわしになった。(中略)幼稚園までの子のために絵本の領域をひろげ、ひびきのある言葉でストーリーの芽をふくむ只話、むしろ絵本のアイディア、方向づけをする作家がようやく一九四〇年代に現れ、その代表にマーガレット・ワイズ・ブラウンがいたと見ることはできないだろうか。
そのほか取り上げられているのは次の2作です。
マージョリー・フラック / アンガスとあひる(1930年) ほか
『アンガスとあひる』や『おかあさんだいすき』は瀬田先生がよほど好きな絵本なのでしょう。思わず「ナンバ走り?」とクビを捻ってしまう表紙の少年の走行ポーズ(右手と右足が同時に出ている)にもかかわらず、絶賛してやまないのです。
絵本の歴史をみて、アメリカに絵本を創始したのがワンダ・ガアグ*4だとすれば、ガアグにつづいて絵本の基礎を固めたのが、ここにとりあげるマージョリー・フラックであったろうとまで考えている。
1897年に生まれて1958年に亡くなった挿絵画家が、絵本作家としてデビューしたのは1930年の「アンガス」シリーズ第一作の『アンガスとあひる』でした。
いずれも単純にして明快、小さな者の目で見てよく納得できて進行する、まぎらわしくない場面割りと図柄とを持ち、その主題はつねに小さい主人公のもっとも単純なクエスト(探究)をバネにしてドラマが巻かれ、クエストをアクション自体で示していくところにストーリーが成り立っていて、その展開には、漸増や対比や逆転の手法がたくみに自然にほどこされて、満足すべき結末にいたる
さきにクエストといったがそれは「行ってもどる」ことである。ダニーは熊のもとへ行って母のもとへもどり(引用注:「おかあさんだいすき」)、アンガスは何かを追いかけて、もとの巣へもどる。「行ってもどる」は、アンガスに動きで見せ、ダニーに心理劇をもたらした。
ここで誤りをおそれずにいえば、フラックには新しい芸術手段であった映画の影響、あるいは映画手法の影響が大きかったのではないか(中略)。
とにかく彼女は、まず物語の構成手段に、クエスト(探究)を、行ってもどる方式を見つけた。それはもっとも単純なプロットの原理なのである。そしてそれを表現するのに、映画のカットの呼吸をとりいれて、絵本のコンティニュイティ(連続性)を達成した
「行ってもどる」という構成、それから同じことのくり返しを少しずつ変化させ、あるタイミングで一気に転換させる手法(端的には「大きなかぶ(ASIN:4834000621)」のひとりずつ増えていって、最後に抜けるというやつ)は、『幼い子の文学(ASIN:4121005635)』でもくり返し語られていて、瀬田先生の児童文学論の基本となっていると思われます。
つまりはファンタジーでいう「行きて還りし物語」ということなのでしょう。
それ以外の作家の作品
このほかの作家については絵本作家とは言いがたかったり、作品が手に入りづらかったり、前述したように日本人作家については稿を分けたいとか、私がもう疲れちゃったとかありますので、作品だけ貼ることで勘弁してください。中途半端ですみません。
*1:元の文章を箇条書きに直しました
*2:ここで取り上げなかった日本人作家については稿を改めて書きたいです
*3:本業は画家だったとのこと
*4:『100まんびきのねこ』(1928年、ASIN:4834000028)の作者