小島美子(こじま・とみこ)『音楽からみた日本人』(NHKライブラリー)を読んだ。
- 作者: 小島美子
- 出版社/メーカー: 日本放送出版協会
- 発売日: 1998/12/10
- メディア: 単行本
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1994年のNHK人間大学をまとめたもので、古来から日本人は生活のなかでどのように音楽と接していたのか、そして日本人特有の音楽観や音楽感はどういったものかをコンパクトにまとめた本。Amazonの内容紹介には「音楽を通して語る秀逸な日本文化論」とある。
前回更新の記事で紹介した千葉優子『ドレミを選んだ日本人』の参考文献として小島美子さんの名前が頻繁に取り上げられていて気になったのだけど、音楽教育の専門誌などに書いているものが多いようで、最も手に入りやすい最近の著書がこの本だった。
ここのところ自分のリズム感について考えることがあって、それで昔の日本人のリズム感はどうだったんだろう? と気になってきた。
『ドレミを選んだ日本人』を読んだけど、選ばれなかった日本の音は自分のなかにどう生きているのかそれとも生きていないのか - in between days
ボカロ曲のリズム感について書いてるブログがおもしろくて、日本のポピュラーミュージックにはリズム感があったりなかったりするのかもしれないと漠然と考えた - in between days
『ドレミを選んだ日本人』は文明開化後の明治大正期が対象だったけど、『音楽からみた日本人』は遺跡から出土した楽器といった考古学的な対象から、昭和になってまだ昔の民謡の姿を残していた歌い手の方まで、日本の民俗音楽全体を視野に収めている。ただし、小島さんの師匠筋であったらしい小泉文夫さんのような歌謡曲分析はしていない。小島さんは日本の近代音楽では童謡の研究をされているようである。
さて、本書はメロディやハーモニー、日本古来の楽器それぞれに章を割り当てて解説しており、リズムについては第2章「リズム感の性格」にまとまっている。
いくつか気になった文章を抜き出してみる。
日本人はリズム感が悪いと思っている人は多いのではないだろうか。かくいう私も、アフリカ系アメリカ人の子どもたちが、すばらしいビート感で踊っているのを見たりすると、いやぁ、かなわないなぁ、などと思わず考えてしまう(略)。しかし本当は、これはリズム感の性格が違うのであって、いい悪いの問題ではないのである。
日本のリズム感である二拍子には強拍弱拍の区別やビート感もなく、前の間(ま)と後ろの間の組合わせ(略)による二拍子が形づくられた。クラシックでは、拍そのものに強弱の概念がまじっているのに対して、日本音楽の間は純粋に音の長さの単位を表している。
こうした「静かな二拍子」は、いわゆる「強弱の二拍子」よりも拍の支配力が弱いから、拍を増減して部分的に三拍子とも一拍子ともとれる拍の組合わせを作ったり、民謡の「追分」のような自由なリズムを取り入れて、微妙に伸縮するリズムを作ったりすることができる。こういうリズムのデリケートな部分は、外国人には理解しにくいところだろう。
内容としては小泉さんや千葉さんの著書にも書かれていたことだけど、それが一般向けに平易に説明されててよりわかりやすい。
とにかく日本人のリズム感は「外国人には理解しにく」く、ということは逆も言えるのだろう。日本人は外国のリズム感を理解しにくいが、それはリズム感が「いい悪いの問題ではない」のであって「性格が違う」ものだという。
なるほど。とおもうが、かといって、それを振り返っていま自分たちの生活の中で音楽の楽しみにどう活かせばいいのか、わからない。
本書では、最終的に伝統音楽の復権といったところに着地しているのだけど、日常的に義太夫を唸ったりする機会もないし、カラオケに長唄がはいってるってこともまあないだろう。
私はジャズやロックをやるときも、日本人のテンポ感によって序破急的にだんだん速くなる形でやったほうが、ノリがいいと考えている。(略)しかしドラムスなどをやっている人々はそういう方向で考えずに、欧米のテンポ感に合わせて一定のテンポを保つのに躍起になっている。
ということが「あとがきに」書いてあって、それはいささか呑気なのではないだろうかとおもってしまう。ジャズやロックは「一定のテンポを保つ」ことから生まれるビート感を楽しむものであって、それを日本人のテンポ感でやってしまったら、ジャズやロック本来の良さがなくなってしまって、そこから別の新しい音楽が生まれるかもしれないけど、いやふつうにロックを聴かせてください、みたいなかんじになる。
つまり、いま僕等がカッコイイと思っていて、こんなリズム感で音楽を楽しみたいとおもっているようなものは、黒人音楽に由来する一定のリズムパターンをいつまでも延々と反復させることによって生み出されるビート感の波の上で起きているなにかなんだけど、そういったビート感と、日本人古来のリズム感の折り合いの付け方がさっぱりわからない
今では日本各地に飛び火してすっかり定着した感のある「阿波おどり」や「よさこい」あるいは「ソーラン節」といった日本ならではのビート感をベースにしているであろうダンスイベントもあったりするけど、それはジャズやリズム&ブルース、ファンクやヒップホップ、レゲエ、あるいはサンバやサルサといった、何らからの形で黒人のダンスがベースにある音楽のビート感と同じなのか違うのか? いや違うんだろうけど、どう違うのだろう?
みたいなことがやっぱりわからないのです。ビートってなんだろう?
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