Web 2.0を構成する重要な概念のひとつである「集合知」の教科書として今年年頭の訳出刊行時点から話題になっている本を読みました(原書の刊行は2004年)。
- 作者: ジェームズ・スロウィッキー,小高尚子
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2006/01/31
- メディア: 単行本
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Web 2.0と集合知は、ティム・オライリーの論文でも「2. 集合知の利用」として記述されています。
集合知とブログ?
本書にはズバリ次のような記述があります。
自己利益の追求は、ブロガーにとって簡単なことではない。ブロガーたちは基本的に認められたい、関心を集めたいと思っているが、実際に自分の記事を認めてくれて関心を持ってくれるのは、自分がまさに競争している相手なのである。
この指摘には目からウロコでした。
ブログは競争が激しいと同時に、協力も密接に行われるという不思議な矛盾を孕んでいる。ブロガーたちが名声を求めるということは、とりもなおさず多様な発想がつねに流れ込んでくるということでもある。すでにみんなが知っていることを言い換えてみたところで、名声は得られないからだ。
競争は論理的な間違いをチェックする仕組みでもある。ほかの人の記事の間違いを見つけるのは、名声への近道でもあるからだ。だが、競争自体はある程度の協力なしにはありえない。同業者の記事から隔絶されて大成功を収めるブロガーなどまずいない。
協力と競争の奇妙なブレンドが生まれる土壌は、情報への自由なアクセスを求めるブログ記事のエートスにある。(以下略)
まさにブロガーたちの行動原理とブログの集合知的役割を過不足無く説明した名文です!
……というのはウソの引用です。ごめんなさい。
科学とブログのアナロジー
正しくは、次の文章になります。
自己利益の追求は、科学者にとって簡単なことではない。科学者たちは基本的に認められたい、関心を集めたいと思っているが、実際に自分の研究を認めてくれて関心を持ってくれるのは、自分がまさに競争している相手なのである。
科学は競争が激しいと同時に、協力も密接に行われるという不思議な矛盾を孕んでいる。科学者たちが名声を求めるということは、とりもなおさず多様な発想がつねに流れ込んでくるということでもある。すでにみんなが知っていることを言い換えてみたところで、名声は得られないからだ。
競争は論理的な間違いをチェックする仕組みでもある。ほかの人の研究の間違いを見つけるのは、名声への近道でもあるからだ。だが、競争自体はある程度の協力なしにはありえない。同業者の研究から隔絶されて大成功を収める研究者などまずいない。
協力と競争の奇妙なブレンドが生まれる土壌は、情報への自由なアクセスを求める科学研究のエートスにある。(以下略)
つまりこれはブロガーではなく科学者のネットワークについて述べた部分で、本の181〜182ページにあります。これを「科学者→ブロガー」「研究→記事」のように単純一括置換して得られた文章が前述のもので、置換しただけでこれだけ見事に意味が通るというアナロジーぶりには自分でやっといて驚きました。
ちなみに「以下略」した部分は次のように続きます。
このエートスは十七世紀の科学革命にまで遡れる。科学的知識の発展を目的に設立されたもっとも古く、もっとも権威ある機関の一つであるイギリスの王立協会が、フィロソフィカル・トランスアクションズ誌を初めて発行したのは一六六五年のことだ。
この「フィロソフィカル・トランザクションズ(philosophical transactions)」は、イギリスの王立協会(Royal Society)から今でも刊行されているようです。
この雑誌の編集長であったヘンリー・オルデンバーグには評伝もあるようです。
オルデンバーグ―十七世紀科学・情報革命の演出者 (中公叢書)
- 作者: 金子務
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2005/03/01
- メディア: 単行本
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情報をオープンにすること
ウェブ上で情報をオープンにすることの意義は、例えばはてなが実験したり実践したりしています。
- 作者: 近藤淳也
- 出版社/メーカー: 翔泳社
- 発売日: 2006/02/13
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しかしそれ以前から理系分野ではその成果をオープンにして次の研究の礎にすることは普通に行われており、というか17世紀にそのような「オープンな科学」が確立したことでそれに続く産業革命の基盤が整備されたということなのかもしれません。
そして現在はこの「オープンさ」を科学や技術だけでなく、報道や批評、経営や政策決定といった分野にまで拡げていこうという動きが、とりあえずウェブ上の言説としてはじまっているというのが今のWeb 2.0の世界なのでしょう。
その際に、どのような前提条件でどのようなやり方をすれば上手く集合知が機能するのかについてさまざまな分野において事例を研究し、どうすれば集団が「烏合の衆」にならないかを探り出そうとしたのが本書といえるのではないでしょうか。
- 作者: ジェームズ・スロウィッキー,小高尚子
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2006/01/31
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「みんなの意見」は案外オカシイ
ちなみに本書の原タイトルでもある「集合知(Wisdom of Crowds)」は、19世紀に刊行されたある本のタイトルの一部「Madness of Crowds(集合愚)」へのオマージュとなっているそうで、こちらの本も読んでみたいと思いました。
狂気とバブル―なぜ人は集団になると愚行に走るのか (ウィザードブックシリーズ)
- 作者: チャールズ・マッケイ,塩野未佳,宮口尚子
- 出版社/メーカー: パンローリング
- 発売日: 2014/06/25
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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同じく「集合愚」を批判した社会心理学者のギュスターヴ・ル・ボンの著書は古典的名著。
- 作者: ギュスターヴ・ル・ボン,桜井成夫
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1993/09/10
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そして「集合愚」のもっとも極端な発露が「バブル」というやつでしょう。これも読みたい。
- 作者: エドワードチャンセラー,Edward Chancellor,山岡洋一
- 出版社/メーカー: 日経BP社
- 発売日: 2000/04/07
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集団はときとして愚かであり場合によっては賢くもあるということですね(平凡な感想)。