in between days

表参道で働くシニアのブログ

その友達とやらには届いてないのかもしれないがオレには届いてる

例えば久しぶりに友人に会えば、日常的にはてなを使っている人はほとんど居ない、という現実を目の当たりにする事になる。毎日これだけ全力で良いサービスと作ろうと努力しているのにまだ届かないのかと、惨めで悔しい想いをする事になるが、その悔しさを乗り越えない限り未来は無いと思う。

その友達とやらには届いてなくても、ここでこうしてオレには届いている。

たしかにオレは四六時中ネットにはりついてるうさんくさい無職のおっさんだが、生まれも育ちも学校も職場も違うところにいるひとにそのサービスがガツンと届いているということの意味をもういちどちゃんと考えてみてはどうか。それこそがインターネットの持っている力ではないか。

そういうインターネットばかりやっているうさんくさいたこつぼの住人がオレ以外にも何十人何百人もいて、実利的には一文の得にもならない「アイディア」をアップし続けているのはいったいどういう心情と動機によるものなのか。ただのインターネットばっかりやってるうさんくさいタコっていうレベルじゃねーぞ!

はてなが世界を変えられないのは、ヘビーユーザーの方ばかりを見て万人を見ていないからではない。ヘビーユーザーの嗜好や意向すらちゃんと捉えられないからではないか。新サービスなんかイラネエから(いやまあ別にいらなくはないけど)、それより先にトラックバック一覧管理画面をつけてくんね? その場編集にしたら詳細編集にいちいち移動しなきゃいけなくなってすんごい不便なんすけど…

みたいな鳴き声をさんざんあげてる既存のヘビーなタコすら満足させられねえで、なにが「1000万人、1億人に届くもの」だか。そんなんでライトユーザーを満足させられるサービスが作れるわけがねえだろ。その友達やらの前にまずネットの向こうにいるインターネットばかりやってるうさんくさいタコの鳴き声にちゃんと耳を澄ませ。

その友達とやらには届いてなくても、ここでこうしてオレには届いている。それはなによりも素晴らしいことではないか。インターネットという媒体の可能性のすべてはそこからはじまっているんじゃなかったのか。

なにより自社サービスのユーザーを「インターネットばっかりやってるタコ」とこき下ろしてる(かのように読める脇の甘すぎる文章をアップしてる)経営者に対して、はてなブックマークやらで付いてる期待含みの暖かく(いくぶんかは生温かい)、いまのネット状況を考察してはてなの今後までいっしょに悩んでくれてるコメントを見れば、はてながどんだけユーザーに恵まれているのがわかる。

その友達とやらには届いてないのかもしれないが、多くのユーザーには届いている。今後もユーザーに届け続けることができない限り未来は無いと思う。