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表参道で働くシニアのブログ

瀬田貞二『絵本論』のオススメ絵本 その2 絵本作家の世界

『絵本論』の1-3節は一冊の絵本あるいはひとりの絵本作家を各項ごとに取り上げて詳しく解説しています。

その中で海外絵本の古典といえるものをリストアップしました。絵本の素晴らしさを紹介する瀬田先生の文章の力強さとあふれる愛情に圧倒され、そのせいか引用が多くなってしまいました。機会があったらぜひ原文を読んでいただきたいです。

それではいってみましょう。7作家の作品が取り上げられています*1

ヘレン・バンナーマン / ちびくろサンボ

インド駐在中の夫に同行していた夫人が、本国イギリスにいる自分の子供のために書いた手作りの絵本。1899年にイギリスで出版され、1953年に岩波書店が紹介して以来35年間、絵本の代名詞でありトップランナーであり、誰もが読んだおなじみのあの本が、まず筆頭で取り上げられています。

(引用者注、原書の出版)以来半世紀以上を閲しても、ある図書館人の表現をもってすれば「この本なしに子どもの時代を考えることができない」ほど、依然として、古典として生きつづけています。

この本が書かれたころには面倒な問題もまだなく、おおらかにこの本のストーリーと構成の素晴らしさが絶賛されています。

なんという、単純明快なストーリー。けれども、起承転結の明瞭な、それからそれへとつづいていくたくみな話しぶりと、なんの無駄もない動作(アクション)のつくりだすサスペンスと、さらに虎がバターに化するというもっとも意想外な山場のファンタジーと、それでつくったご馳走を食べるという満足至極な結びによって、私たちは、いわばはじめて、幼い人への文学とはどうあるべきかという問いに答えが与えられたように思いました。

日本で広く普及している旧岩波版(ASIN:4916016556)のほかにもさまざまな挿絵のバリエーションが出版されていましたが、その中でもオリジナルのエディションが推薦されています。

ちびくろさんぼのおはなし

ちびくろさんぼのおはなし

今日私たちが見ますと、十九世紀後半に共通する一種グロテスクな時代遅れの感があり、また素人特有のたどたどしい稚拙な印象もうけるのですが、しかし物語にひたる小さい子どもたちにとって、 大人的な十九世紀観や素人っぽさはなんの関係がありましょう。

なお、現在「ちびくろサンボ」に対しては黒人差別であるという批判がありますが、リンクを含めてウィキペディアによくまとまっています。

ビアトリクス・ポター / ピーターラビット

これもやはり19世紀末に私家版で作られ、1902年にカラー版が出版されたイギリスの古典中の古典です。

物語と絵と、さらにこの本の形。この三位一体を称して、ひとはポターの数々の絵本を「ミニチュアの古典」といいます。あのかわいい動物たちのさりげない冒険が細やかな宝石のように彩られて、抑制のきいたひそやかな声で語られるとき、それは、ごく小さな手のひらの上にのるような、ふつうの本の半分しかないこのポケット判以外に判型が考えられるものでしょうか。

ピーターラビットのおはなし (ピーターラビットの絵本 1)

ピーターラビットのおはなし (ピーターラビットの絵本 1)

ロイス・レンスキー / ちいさいじどうしゃ ―― スモールさんの絵本

アメリカで1934年に出版された小さい絵本です。

シンプルな線画で、スモールさんがドライブする過程(ガレージでの空気入れから、車庫入れまで)を、ひと見開きにワンシーンずつゆっくりと簡潔に書き進めていきます。

なんという簡明率直さ。すべてがいわば必要にして充分。無駄がなく、ウェットなサービスもありません。ドライすぎるぐらいドライに、そのものずばりを描いてすましています。(中略)

この徹底した簡明な機能主義のみごとなことに、私はまずおどろかされます。一たす一、という基本的な明快さと健康が、くもりなく一気に幼い人たちに感得され、ついで理屈ぬきの「はっきりさせる」レンスキー独特の論理教育がはじまるのです。

瀬田先生が評価されたのはオリジナルの黒赤2色版(ASIN:4834010783)で、その色の少なさがまたシンプルさを引き立てたのでしょうが、いま手に入るのは1971年刊に出たカラー新版のようです。ちょっと雰囲気が違いますね。

ちいさいじどうしゃ―スモールさんの絵本 (世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本)

ちいさいじどうしゃ―スモールさんの絵本 (世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本)

マーシャ・ブラウン / スズの兵隊 ほか

コールデコット賞を二度重ねて受けたマーシャ・ブラウンさんを、経歴とその絵の変遷を追うかたちで紹介されています。

ブラウンさんのほうは、絵本を描くために――あるいは絵本を描いているうちに、画家になった、といえるような、つまりは画は素人出身の絵本作家なのです。もう一度いいなおせば、絵本とともに画家となった、生え抜きの絵本作家、生粋の絵本作家といえなくもないでしょう。

その数多い作品のなかでグリム童話『シンデレラ』(ASIN:4834010031、1955年)やアンデルセン童話『白鳥』(ASIN:4834011496、1963年)などと並んで口絵付きで紹介されているのが、アンデルセン童話の「ナマリの兵隊」(1953年)と、前述の北欧神話『三びきのやぎのがらがらどん』(1957年)です。

スズの兵隊 (大型絵本)

スズの兵隊 (大型絵本)

こういう繊細な、ときにみやびやか、ときにあえかなまでに美しい物語に対して、マーシャ・ブラウンの選んだ絵の具材料が、まず、いく色かの暖かいクレヨンと、軽妙洒脱な墨のペンだったことにお気づきでしょう。(中略)しかも、これらの絵の流れるような運び方のうまさ、クライマックスにもっていくテンポのとり方のよさ(中略)ブラウン女史の語り口は、ここにおいて絵本という媒材を自由にすることができたといっていいでしょう。

三びきのやぎのがらがらどん (CDと絵本)

三びきのやぎのがらがらどん (CDと絵本)

北欧の簡潔無比で力強いこの昔話を、これ以上堂々と伝達し印象付ける絵本は、ほかにあるでしょうか。(中略)底抜けに青い青空のように、ひたすら痛快に、物語の精神が高なっているのです。けだしマーシャ・ブラウンの最高傑作のひとつといっていいでしょう。

けだし名文といっていいでしょう。

バージニア・りー・バートン / せいめいのれきし

現在私の知るかぎりの子どもの絵本のなかから、どれか一冊最高のものを選べといわれたら、私は、バージニア・りー・バートンの『せいめいのれきし』をとりあげるでしょう。

と書き出されるこの項は、1962年に刊行された自然科学の解説絵本が紹介されています。

せいめいのれきし―地球上にせいめいがうまれたときからいままでのおはなし (大型絵本)

せいめいのれきし―地球上にせいめいがうまれたときからいままでのおはなし (大型絵本)

その本に私は、はげしいドラマをかんじ、美しい造型を見、そしてそのうえに、絵本として表現できまいと思われるほどの高度の理念、いのちに対する深いいつくしみともいうべき哲理の表現をおぼえるからです。(中略)ある理念、ある抽象的な概念を子どもにわかりやすく表現した絵本はごく少ないし、ましてや、それを息づまるほど美しく描きあらわした絵本となれば、いまのところ、私は『せいめいのれきし』のほかに例示することができません。

難しい題材を明るい色彩で思い切り描ききった作品という印象をうけました。

ルドウィッヒ・ベーメルマンス / げんきなマドレーヌ

ルドウィッヒ・ベーメルマンスの描いた四冊のマドレーヌ絵本を見るたびに、純度の高い果実主をのみほすようなすがすがしい気持ちになります。

オーストリア出身で16歳のときにアメリカに移民した随筆家の著者による、かわいい絵本です。

彼は、生き生きしてみやびやかなパリが描きたくて、その春夏秋冬、晴雨、都名所の数々があふれかえってきて、それを表現するのに、元気で粋で小さなマドレーヌが生まれて、彼の画帖を、子どものやりそうな楽しみをつくして歩きまわったのでしょう。

げんきなマドレーヌ (世界傑作絵本シリーズ)

げんきなマドレーヌ (世界傑作絵本シリーズ)

  • 作者: ルドウィッヒ・ベーメルマンス,Ludwig Bemelmans,瀬田貞二
  • 出版社/メーカー: 福音館書店
  • 発売日: 1972/11/10
  • メディア: 大型本
  • 購入: 1人 クリック: 125回
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この一作目は1939年に刊行されましたが、シリーズ第二作が出たのは1953年後でした。

14年も間が空いたのは、ストーリーを手伝ってくれる小さなお嬢さんがいなかったためだそうです(笑い

モーリス・センダック / かいじゅうたちのいるところ ほか

さていよいよ現代の絵本です(1963年刊行)。読んだことがある方も多いでしょう。

かいじゅうたちのいるところ

かいじゅうたちのいるところ

(引用者注、この本の中心になるファンタジーは、主人公の)マックス君の内側の空想のドラマ、もしくは少年の願望や不安、フィーリング、情念というものに的確な形を与えた物語だったということになります。ということは、従来の「桃太郎」のような外側派客観型のストーリーに対して、センダックの物語は、心をのぞきこんで内側での波紋を描きだす新種だったのです。

この内面派を新種とよぶのは、少なくとも絵本の世界では第二次世界大戦後の、それもここ十年来の傾向のように私には思われます。

これまでに登場した「昔話」とこの絵本が決定的に違うのは、ストーリーがただの物語というわけではないということで、まさに子どもの想像世界そのものを描いたといえるのかもしれません。こういうスタイルの絵本は、割と私たちの馴染みのあるかたちだと思いました。

ひょっとしたら1950年代のハイファンタジーの影響もひょっとしたらあるのかもしれません。もっともセンダックは英国の作家ではなく、生粋のニューヨークっ子だそうですが。

この傑作に至る過程の挿絵画家センダックの作品として『あなはほるもの おっこちるとこ』(ASIN:4001151405、1952年)や『こぐまのくまくん』(ASIN:4834003442)、『うさぎさんてつだってほしいの』(1962年)などが紹介されています。

うさぎさんてつだってほしいの

うさぎさんてつだってほしいの

*1:前々回述べたように日本作家のものと現在手に入らないらしいものは割愛しました