8月21日に公開されたFacebookの公式アナウンスがすごい。機能告知や業績発表をするブログに掲載される記事としてこういうのもあるのか……! と考えさせられた。
困難な問題(Hard Questions):オンライン上のアイデンティティは人の死後どうあるべきか | Facebookニュースルーム https://ja.newsroom.fb.com/news/2017/08/what-should-happen-to-online-identity/
このすごいところは、企業の公式アナウンスであるのに執筆者(Monika Bickert, Director of Global Policy Management)の個人的な経験から書きはじめられていることもさることながら、それが企業のスタンスと一致しているという点である。企業が進めようという施策が、必ずしも従業人個人の思いとは一致しないということはままあることだが、ここでは担当者個人の思いと企業の施策スタンスが同じ方を向いているということが示され、それだけ強い意思でこの施策が進められるのだろうと思わせられるところがすごい。
Facebookはこの6月から「困難な問題(Hard Questions)」についてのメッセージを発信している。
https://newsroom.fb.com/news/category/hard-questions/ https://ja.newsroom.fb.com/?s=%E5%9B%B0%E9%9B%A3%E3%81%AA%E5%95%8F%E9%A1%8C&post_type=
Webのいち事業者がこういった社会的な問題を自分たちのプラットフォームでどのように扱うかについて、規約に盛り込むよりも明確に、サービスの用途を限定していくことも辞さない姿勢で真摯なメッセージを発していくのは新しい動きで、このサービスはこれまでのようなフラットな道具(プラットフォーム)ではないという認識があるように思える。よく「包丁が悪いではない」という言葉があり、道具ではなくそれを使う人が悪いのだということで、ソフトウェアやWebプラットフォームもそういった「道具」の側で考えられることがあるが、Facebookの現在の立場はただ「道具」ではなく、それを使う人への制限を含めてがプラットフォームだと考えられている。それは、むしろ意識としてはメディアであるといえるのかもしれない。
これはFacebookが自ら率先して選択したものというよりは、ヘイトスピーチやフェイクニュースへの対応を迫られたものであることは否めないが、もともとFacebookには、フォローバック狙いのフォローを黙認するTwitterとは違って、人脈を増やすために「友だちかも」で提案されたひとに片っ端から友だち申請すると機能BANされるという厳しい面がある。自分が「かも?」とか出しておいて申請したら機能BANするとかふつうに考えたら矛盾している面もあるが、積極的に使ってほしい機能を「使いすぎたから」といって規制することは難しい。その閾値はどこか? どこまでは喜ばしい利用で、どこからが不正なのか、むしろ不正というほどではない「ズルっこい」程度の利用をどので制限するのかを決めて公平感があるように運用することは難しいが、実名使用の徹底にも見られるようにFacebookにはもともと「ズルを許さない」という下地があり、そういった妙な現実主義的で、ネットのフロンティア感のなさがFacebookの特徴であり、また新しさであり、まったくフロンティではなくなってしまった現在のネットに即したものであり、つまり時代がFacebookに追いついてきてしまったのだろう。