in between days

表参道で働くシニアのブログ

与謝蕪村「夜色楼台図」を見て、夜の街の絵の暗さと明るさについて

有楽町の出光美術館でやっている「江戸絵画の文雅」展に蕪村の「夜色楼台図」が出てるので、国宝を見たさにでかけてきた。

Snowclad houses in the night.jpg
By Yosa Buson, wikimedia

夜色楼台図は、変わった絵だとおもう。夜を描いた絵だからといって、一面を黒く塗ってしまっている。江戸時代の絵で、ほんとうに暗がりを黒く塗った絵はあまり見ないようにおもう。おそらく、夜がほんとうに暗かったから、暗がりの光景をほんとうに見ることはできなかったのではないか。写生もできないし、書くべきものもなにも見えない。

夜の暗がりを描くということは、暗さの濃淡を描くということで、つまりは明るさを描いているということなのだろう。近代以降の日本で光線画と呼ばれる新版画が登場したが、そこには江戸時代の浮世絵版画とは違って、夜の光景が暗さをともなって描かれるようになったのは、街にガス灯などが灯りはじめて、人が夜の光景をいつでも見えるようになったからではないだろうか。もっというなら、街灯がまだ普及していない地方の人達にとって、夜の光景というのは、決して見ることのできない憧れの都会の風景として絵に描かれて流通されるにふさわしい新風景だったのかもしれない。

実際に目にした夜色楼台図は、胡粉を下地に使っていかにも雪の京都という風情と闇のなかのぼんやりとした明るさが表されていた。とはいえ、大都会の京都といえどもこれほど明るくはなかったのではないだろうか。実際に夜の雪景色、しかも街灯のない時代、低い雪雲に覆われて月も星も見えないなかをしんしんと雪が降り積もる街の景色はどれほど白く見えるものなのだろうか? いまや僕たちは雪が降りしきる白い夜の町並みを思い浮かべることができるけれど、それは雪が街灯の明かりを照らし返しているから。

京都の東山ほどの町並みがあって街灯がまったくない街に行けば、きっと本当に雪が降っている夜の街の暗さを目にすることができるだろうけれど、そんな街はいま果たしてどこにあるのだろうか?

近代文明の下で、江戸時代には見えなかった「明るい夜の街」を見ることができるようになったのだけれど、逆に「真っ暗闇の夜の街」の景色を失ってしまったのかもしれない。

例えば、葛飾北斎の娘であるお栄が書いた「吉原格子先図」の暗さ。江戸時代の絵画としては異例なのではないか。江戸のレンブラントとも評されているそうだけれど、そういえばレンブラントの「夜警」は実はニスが汚れていただけで夜景ではないという話もある。

Yoshiwara Kōshisakinozu.jpg
By Katsushika Ōi, Japanese Ukiyo-e artist of the 19th century - wikimedia

灯りがある夜の街の絵というと、エドワード・ホッパー「ナイトホークス」やヴァン・ゴッホの「夜のカフェテラス」が思い浮かぶ。どちらも本物は見たことがない。いや、ナイトホークスを所蔵しているシカゴ美術館には以前に書籍編集者をしていたときにブックフェアのついでで立ち寄った記憶があるので、ひょっとしたらそのときに見ているかもしれない。しかしもう忘れてしまった。

Nighthawks by Edward Hopper 1942.jpg
By エドワード・ホッパー, wikimedia

Gogh4.jpg
By フィンセント・ファン・ゴッホ, wikimedia

出光美術館の展示は12月16日(飯窪春菜がモーニング娘。を卒業する日)までやっているけれど、展示替えがあって夜色楼台図は今月18日までの展示。出品リストを見たところほかはすべて出光美術館の収蔵品のところを、これだけが個人蔵だったので驚いた。ウィキペディアの「国宝絵画の一覧」をみると個人蔵の国宝絵画は5作品ある。見当もつかない世界だ。

最新の展覧会|展覧会情報|出光美術館