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表参道で働くシニアのブログ

ボブ・ディランのレアトラックを48曲まとめてみてわかったインターネットの現在地

music for the people

台風15号が東京に接近していて不要不急の外出は控えよとのことなので、家にこもってボブ・ディランについて調べて、記事を書いた。

書き始めたのは8月の下旬でまだ残暑が毎日厳しかった。とくにディランを聞いて何十年という蓄積があって取り組んだわけじゃなく、ほんとにちょっとした出来心だったので、何日かけても終わらないんじゃないかと絶望的な気分に陥ったけれど、台風のおかげで仕上がって公開できた。肩の荷が降りてホッとしている。勝手に背負ったんだけど。

Bob_Dylan:_The_Complete_Album_Collection_Vol._One#Missing_songs

記事にも書いたけど、ウィキペディアの「コンプリートアルバムコレクション」の項目に、そのボーナスディスクの『サイド・トラックス』にも収録されず公式のコンプリートから失われたことになってる楽曲(Missing songs)があるとして、12トラックがリストアップされていたのだ。

グレーテスト・ヒット 第2集(紙ジャケット仕様)

グレーテスト・ヒット 第2集(紙ジャケット仕様)

多くのミュージシャンがカバーしていて、日本でもそれこそ「男らしいってわかるかい」ってすごいタイトルのザ・ディランから、忌野清志郎、友部正人あたりもカバーしたI Shall Be Released(アイ・シャル・ビー・リリースト)って有名曲がボブ・ディランにあって、もちろん曲自体は何度も聞いたことあるけれど、その初出が『ボブ・ディランのグレーテスト・ヒット第2集』といういかにも昭和然としたタイトルのベスト盤だったということは知らなくて、てっきり有名な60年代や70年代のアルバムのどれかに入っているのだろうとおもっていたらベスト盤だったということが面白くて、じゃあそのウィキペディアにある「失われた楽曲」ってのは初出どこなんすかね、くらいの気持ちだった。

だから、12曲まとめて終わるはずだった。冒頭に貼ったリンクを踏んでもらえるとわかるけど、48曲ある。4倍になった。

もちろん48曲で全てですというわけじゃなくて、こりゃ終わらんなとなったから (∩゚д゚)アーアーきこえなーい というワザを使った。まず終わらせることが肝心だ。昔の偉人も言っていた。そう強く心に誓って脱稿に至ったわけであります。

done is better than perfect

だから、いろいろなサイトを参考にした。インターネットってすごいなとおもった。インターネットを体感した。これがインターネットなんだなって納得した。だから、ボブ・ディランのレアトラックを調べててわかったインターネットの現在形について書いてみたい。

1. みんなの意見はだいたい合ってる

いきなり「チーズはどこへ消えた」みたいな格言から入ってしまって申しわけないが、久しぶりに「集合知」って便利だなって実感した。ジミー・ウェールズがお願いをしてくることで有名な「ウィキペディア」のことだ。ディランのディスコグラフィーは、基本的にここをベースにした。

Bob Dylan discography - Wikipedia

よく「ウィキペディアを信じるな」と言われる。そのとおりだが、それなりに編集されてる項目なら、まるっきりのデタラメが載ってるってこともそうないだろう。調べていて何かおかしそうってなったら、別のサイトなり資料なりにあたってみる。

ウィキペディアの補完でよく参考にしたのが、世界最大の音楽情報データベースと言われるDiscogsで、ここは企業の運営ではあるけれどデータについてはやはりユーザーが投稿・編集している集合知のサイトだ。

Bob Dylan | Discography & Songs | Discogs

Discogsはこの10年くらいよく見てはいたんだけれど、どういう人がどういうつもりで作ったサイトだとか詳しいことを知らなくて、ちょっと調べたら日本語のインタビューもいくつかあったので参考に読んでるけれど、そもそもがビニールジャンキーってことなんですね。

「Discogs」創業者ケヴィン・レヴァンドフスキー語る、「音楽の知識」が人を繋ぐ場所を創る:FNMNL☓All Digital Music共同インタビュー | All Digital Music

世界最大の音楽データベース・Discogsとは? | Record People Magazine

これを機にちゃんと使ってみようとアカウントも登録して、記事にも掲載したレアトラックが収録されているCDを海外の中古レコード屋に注文してみた。購入のプロセスがスリーウェイ・ハンドシェイクというかんじで面白かった。果たしてちゃんとした盤がちゃんと届くでしょうか?

ともあれ、懐かしのWeb 2.0とでも言いますか、古き良きゼロ年代のインターネットというかんじであった。

「みんなの意見」は案外正しい (角川文庫)

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2. 強い個人は本当に強い

ウィキペディアやDiscogsだけで調べられることにはやはり限界があって、もっと詳しいほんとに細かいこと、例えば「live, 2001」とだけクレジットされたこの曲は2001年のいつのライブなのか? ということまで調べようとすると、ボブ・ディランの全リリース、全楽曲、全ライブのセットリストを網羅したファンサイトが必要になってくる。

そして、ディランくらいになるとやっぱあるんですね。そういう強いサイトが。

"Searching For A Gem" home page

ディランのたぶん全リリースを網羅しているサイトで、先ほどの「live, 2001」ってクレジットの曲についてもちゃんと情報を載せてて、その話は元記事に書いてるのでチェックしてみてほしい。ほかにも何曲かそういう指摘がされているレアトラックがあった。

ここは、イングランド北西部のマックルズフィールにお住まいのAlan Fraserというおじさんが運営している個人サイトだ。トップページ下部に掲載された近影がよい。そして、何よりこのフッター。

Searching For A Gem

訪問者カウンターを中心に、フロントページのバナーとか、カウントーはリセットしたから数字に500万足せとか、何より1998年から運営しているという素晴らしさ。これぞブログ以前の古き良き90年代のインターネット。

Still On The Road Index Page

こちらはレコーディングセッションやコンサートツアーのセットリストを網羅しているサイトで、アバウトページによるとMicrosoft Word 2010で構築しているという。Searching For A Gemよりはずいぶん近代なきがするが、それでもこの個人サイト然とした広告バナーひとつ貼るでもない佇まいが清々しい。

ソーシャルウェブがどうのウェッブもバージョン2.0であるとかなんとか言うけれど、本当に強い個人が立ち上げた個人サイトはやはり強い。ジオシティーズなどの各種ホームページホスティングサービスの終焉とともに90年代のインターネッツの素晴らしき情報がたくさん失われたのだろうと思いを馳せるような気分にもなるのかなんて思ったりもするけど。

ネット・トラヴェラーズ〈’95〉

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3. 現代においてレアであるとはどういうことか?

冒頭に貼った記事を最後まで読んだひとがどれだけいるのかわからないけれど、ちょっと流し読みでいいから目を滑らせてみてほしい。できるだけ退屈しないようにリンクをたくさん貼ったので、スクロールさせるだけでもけっこう面白いんじゃないかとおもうんだけど、スポティファイがめっちゃあることにお気づきだろうか?

音楽発見サービス - Spotify

そうなんです。レアトラック! なかなか手に入りません! と言いながら、実はスポティファイでその曲がまるっとぜんぶ聞けたりすることがあるって途中で気が付いて、これきっかけでアプリもようやく入れてしまいましたよ。それで、なるほどこりゃたしかにサブスクが全盛になるわ便利だわ音楽配信の新しい夜明けだわっていまさらながらなった。

ある映画の主題歌として提供した曲があります。オリジナルアルバムに未収録なのでけっこうレアです。オリジナルのサウンドトラックか、英国編集で国内盤もリリースされてふつうに流通してるベスト盤か、未発表曲だけを集めたコンピレーションの限定デラックス版のどれかに入ってます。どれを聞くといいですか?

みたいな状況があったとして、ふつうにCDを買う前提ならベスト盤ですよねってなる。

The Best of Bob Dylan

The Best of Bob Dylan

ところがスポティファイにはこのベスト盤だけなくて、あとの2枚ならここでボタンを押せばすぐ聞ける。

つまり、どんな稀少盤だったり巨大なボックスセットだったりしても、サブスクにあれば1曲単位で聞ける。物理的に「レア」であるということと、それが公式に聞けるかどうかという実質的な希少性が、まるっとズレてしまっていて、レアトラックの「レア」の前提がスコっと失われて宙に浮いているというか、これまでの音楽コレクションというものの前提がほんとうに崩れてしまったような心もちになって、視界がぐにゃあってなる。

デジタル化が進み、遍在する情報の価値が再編されている2010年代のネットの現在地を踏みしめているというか踏み抜いている実感がある出来事だった。

WTF経済 ―絶望または驚異の未来と我々の選択

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まとめ

いまのインターネットには、1990年代から脈々と続く個人の力と、2000年代に喧伝されたWeb 2.0の世界と、そしてほんとに何でもフラットにデジタル化が進行中な2010年代が重層的に混在している。それがわかっただけでも、50曲近いボブ・ディランの楽曲をまとめてみた価値はあったのかもしれない。とかね。

ボブ・ディランは何を歌ってきたのか (ele-king books)

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Photo by Steve Harvey on Unsplash unsplash-logoSteve Harvey