in between days

表参道で働くシニアのブログ

「ファシズムの日本美術」を読んだ

まず本の成り立ちが面白くて、東京出身で米国在住の女性研究者が2018年にアメリカで出版した戦時中の日本美術に関する研究書の翻訳。著者はカナダのブリティッシュコロンビア大学で博士号を取得し、2013年からニューヨークのフォーダム大学にいるようだ。

Vancouver Shinpo - 美術史研究者 池田安里さんに聞く

日本の大学に進まずにアメリカで日本美術史を学び、戦時中の日本軍に協力した画家の活動を研究の題材に選んだ理由については本書の「日本語版まえがき」に書かれていて、そこにはともに「日本の悪いところ」が表れてしまっているようで、戦争に協力したことが自明な「戦争画」を取り上げていないことも、本当の問題は日常的に見えなくされているということか。などと、まえがきのたぐいは後から読むことが多いので、本文を読み終わったあとで「なるほどなー」と思ったりした。

本書のテーマはいわゆる戦時中の日本における政治と美術の関係についてで、ファシズムについては欧米の研究を、日本美術については日本国内の資料を参照しながら書かれているところがおもしろい。本人も書いているが、米国で研究する日本語ネイティブだからこそ可能な「いいとこどり」なスタイルになっているようだ。

日本のファシズムといえばいわゆる「戦争画」がすぐに思い起こされるが、本書はそうではない一般的な作品ばかりを取り上げ、そこにも当時の日本の軍国主義に共感し協力するところがあるということが丁寧に説明されていている。

取り上げられる画家は4人。最初の横山大観は、いっさい「戦争画」を書かなかったにも関わらず、書きまくった藤田嗣治と並んで戦争責任を問われそうになった人だったはずで、一見すると平和に見える「富士山」の絵を何のために書いていたのかは従来から指摘されていることでもあり、最初に取り上げるには分かりやすいとおもった。

次が安田靫彦で、画題が源頼朝と義経なのは今年(2022年)の大河ドラマが鎌倉殿であることと偶然の一致だろうけれどなんか馴染みがある。ここでは作品のテーマだけではなく、一時期は西洋画的にリアルな描写を求めた日本画が、このころは大和絵に倣った平面的なスタイルに回帰しつつ、実はモダニズムの影響を受けているという指摘が興味深かった。戦時中のモダニズム絵画は弾圧されたというイメージがあるが、思想的にはそうであっても手法としては保守的な画家も取り入れて体制側で生き残ることが世界的に見られる傾向としてあり、その日本的な展開ということらしい。

3人目は上村松園で、作品として《序の舞》が取り上げられているのは意外だった。ちょっとこの本を離れるが、以前に近代日本画家による女性を描いた作品ばかりの展示会が東京藝術大学大学美術館で開催されたことがあって、それは《序の舞》の修復完成記念だった気がするけど、自分は日本の近代絵画の正しい見方がぜんぜんわからなくて、作品の一般的な評価にあまり納得がいかないことが多いんだけれど、そうなると現在のいわゆるSNS的な「絵師さん」の作品を見てるみたいな、そのときは女性を描いた作品ばかりだったこともあって、つまり萌えるかどうか、推せるかどうか、そういった超個人的な好み以外の視点って持てないような気がしていた。

そのとき《序の舞》にはまったく萌えないしまったく推せないというのが自分の個人的な感覚だったんだけど、その萌えない理由みたいなものが書かれていて、ちょっと腑に落ちるところがあったんだけれど、そういう理解がこの本の読み方としてほんとに正しいのかどうかは悩ましいところである。

そして問題になるのが、4人目の藤田嗣治。レオナルドフジタといえば、戦時中は《アッツ島玉砕》というもはや戦争画そのものといえる作品を筆頭に、軍に積極的に協力した画家として知られる。そして戦後は日本国内にいられなくなり、国内に残って大御所となった横山大観と相反するように日本を追われ、フランスで生涯を追えた人である。しかし、ここで取り上げられるのは、そんな戦前戦中のフジタであっても、戦争画ばかりではなく、もっと平和な絵も書いていたんだよという文脈で一般的には取り上げられる《秋田の行事》だというのが、とても面白い。

これは作品に描かれた題材だけでなく、その背景にある「郷土」や「地方」の二面性。近代化されていない田舎としてさげすまれつつ、古来の本当の日本が残っていると持ち上げられる側面もあり、後者の文脈では例えば「民芸」などもそうだったようだけど、日本の全体主義においてある役割を担っていたようだ。ここの理解は自分には十分ではなくて、せやかて、と言いたくなるような気もするし、なるほどなあという気持ちもある。

何にせよ、これまで戦中の日本美術の常識として見聞きしてきたことを少なからずスライドさせてくれて、考えることがたくさんある一冊だった。