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表参道で働くシニアのブログ

ダンスフロアで日本のロックなんてほとんどかかってなかった20年前よりの使者 - Rock.jp 20th Anniversary (1996 - 2016) のお知らせ

event music

このままどこか遠く連れてってくれないか? その気持ちこそがロック音楽のメッセージの源泉なのかもしれません。いや、いきなり明後日のほうからはなしが始まって申しわけない。

1996年11月にRock.jpというイベントをスタートして、今年で20年になります。というかなったんだなということに先日きがつきました。なので、20周年の記念イベントを開催します。明日。

告知が直前になってしまったことについてはたいへん申しわけなく感じておりますが、往年の日本のロックにご興味のある方など、ぜひお越しいただけると幸いです。会場は渋谷喫茶SMiLEです

https://www.facebook.com/events/221353764959533/

Rock.jp 20th Anniversary (1996 - 2016)

1996年は日本のロック的にどういう年だったのでしょうか? ミッシェルガンエレファントが「世界の終わり」でメジャーデビューしました。真心ブラザーズの「拝啓、ジョン・レノン」が話題になり、サニーデイサービスが名盤『東京』を発表。小沢健二は前年までの王子様ノリを反古にするかのような『球体の奏でる音楽』でおだやかにイメージチェンジする一方で、コーネリアスは実験的な意欲作『69/96』のリミックスアルバムをドロップ。ブルーハーツはもう解散しててハイロウズも2枚目、エレファントカシマシは「悲しみの果て」でレコード会社を移籍し、くるりは結成されたばかり。スピッツが「チェリー」を、そしてフィッシュマンズがあの「LONG SEASON」をリリース。

そんな年にイベントをはじめました。.jpドメインを冠してるように(実際にこのドメインは取れてないけど)、Rock.jpは日本のロックばっかりをかける専門のDJイベントです。当時、日本のロックがDJイベントやクラブのダンスフロアでかかるってことはあまりなかった。たぶんレギュラーのイベントは少なくとも東京ではなかったとおもいます(あったら行ってるはずなので)。歌謡曲フリーソウルと解釈してかけるとか、GSをガレージロックとして回すとかそういうのはあったけど、ぼくらはふつうにエレカシとかニューエストモデルとかかけたかったわけです。グレート3とか。で、9年くらいやって、2005年4月に終了しました。Rock.jpを冠したイベントは、それ以来おそらく2回目です。どうぞお見知りおきください。

www.youtube.com

なぜおじさんは (^_^; という顔文字を多用するのか?

anond.hatelabo.jp

って記事がホットエントリーのトップに入ってて、絵文字的でいうとまさに

orz

ってかんじになっちゃいましたよ。いやー、使ってたよ。ほんとに使ってたよ。メールの文末ずっとそんなかんじでした (^^;;

いまだとなんだろうな「ww」くらいのニュアンスで使ってたかもしれない。そこまでマジじゃないよーっていう記号みたいなかんじ。

そんで、なぜおじさんはこの顔文字を多用するのかというと、これ意外とめっちゃ単純で、そのおじさんが若いころには、微妙なニュアンスを表現できる便利な顔文字がそれしかなかったからとだとおもうんですよね。

まあひとつの仮説ですけど、多用してたおじさん的にはそうだったよなーという実感がある。

いや、あるだろう。微妙なニュアンスの顔文字っていうなら (´・ω・) とか (;´Д`) とか ( ´∀`) とか! っていうひとは、ネット的にまだまだ若い

その手の顔文字は、あめぞう2ちゃんねる系列の掲示板カルチャーで生まれた顔文字であって、1990年代のメーリングリスト界隈ではまだ生まれてなかった(はず)。

顔文字ひとつとっても流行と伝統と文化が歴史があるわけですよ。ちょっと上で顔文字を3つ書いたけど

(´・ω・) (;´Д`)  ( ´∀`)

最後のはモナーで、ちょっと懐かしさがある

( ^ω^)

これとかはVIP系というイメージがあって、まだ新しいという印象がある。文脈でも違ってくるし

 \(^o^)/ 

こ顔文字なんかいまだと「オワタ」みたいなイメージだけど、ガラケー全盛期に田舎の友達から送られてくるケータイメールで使われてりゃふつうに「わーい」の意味だったりするだろうな。

ちなみになんで

(^_^; 

この顔文字なのかというと、90年代のメーリングリスト文化において、顔文字はASCII文字しか許されなかったという事情もある。なので2000年代になり、口が全角文字になった

(^◇^; 

この絵文字を見たひとびとは「そんな自由な世界があったのか!」と自らの教条主義をおもいしらされたそうです。どっとはらい ;-)

The New Hacker's Dictionary (MIT Press)

The New Hacker's Dictionary (MIT Press)

だれか日本の顔文字の歴史をまとめたひといないかな……

サンボマスターを渋谷系と書いてしまった記事について(セカオワだったらどうだろう?)

(この記事は下書きに3ヶ月くらい寝かしてたものです)

5月にサンボマスター渋谷系と書いたら、ブコメとかでけっこういろいろ言われてしまった。たいへん失礼いたしました。

渋谷系の音楽っていうとどのバンドを思い出す? シンバルズ? フリッパーズギター? それともサンボマスター? みたいな「渋谷系」のレキシというかイメージの話 - in between days

とくに深い考えがあったタイトルではなく、貼った動画のなかでいちばん知られてそうなバンドなんだろう? ってだけ入れたんだけど、自分のイベント「渋谷の日・渋谷的な夜」でも実際にサンボマスター「夜が明けたら」をかけたわけで、いちおう自分のなかで整合性は取れていて、サンボマスターのソウル指向をどのように評価してるかで見方が変わるんだろうなとおもっている。

実はセカオワもいれようとおもってた

最初に音源をピックアップした段階では、サンボマスターの次にセカオワを貼って、だいたいこういうかんじで原稿がおわるつもりだった。

虹色の戦争 / 世界の終わり


BOARD GAME / DOG HAIR DRESSERS


君とのサンデイ- / Clownfish


For You / Czecho No Republic

で、あらためて見なおして、たしかにこれもありかもしれないけど、もっとちゃんと「ポスト渋谷系」っぽいバンドたくさんあるよなと思い直し、バッサリとカットしてジェットラグから戻ってくるみたいにしたのはよかったなっておもった。

そもそもあのリスト、ときおり勘違いされてたひともいたけど、往年の渋谷系そのものではなく、渋谷系がムーブメントとしては下火あるいはデス系みたいなサブジャンルにどんどん拡散してしまったあとに、ジャンルとして参照可能になってからの「渋谷系」っぽい音を90年代後半以降から探す、って趣旨のリストなので、いろんな方向から拾ってあったほうがサバービアスイートっぽさあってそれもありだったかもしれない。とはいえ、セカオワ入れてたらどうだったろうな……?

最近のバンドも入れたかった

そういう意味で、最近このあたりのバンドが気になっていて、こういうサウンドまた増えてるのかな? ほかにもよいバンドがあったら教えてください。

Suddenly / Predawn


I Want You Back / Homecomings


手のなかの鳥

手のなかの鳥

I Want You Back EP

I Want You Back EP

SUNSET TOWN e.p.

SUNSET TOWN e.p.

おまけ・90年ごろの渋谷系周辺の音楽状況として書いていなかったもの

先の記事では渋谷系をめぐる音楽状況として3つの方向性みたいなものを書いたけど、実はそれでは抜け落ちているのではないか? というところもあって、ひとつにはいろいろな音楽が再評価されたなかに、必ずしもクラブ向けではなかったり、ソウル・ミュージックではなかったりするものがあるということ。

例えば、「ソフトロック」という視点で見てみると、また違う世界が広がってそう(ぼくあまりソフトロックは得意でないのでだれかに書いてほしい)

そのほか「フリーソウル」という言葉もこのころ生まれたが、それはソウル・ミュージックということでいいのかもしれない。ただ、渋谷系の黒人音楽への理解のし方が違うということを、ラブタンバリンズのエリが語っている。

とはいえ、ラブタンのエリの歌声はリンダ・ルイスのようで、英国音楽的ではある……。

もうひとつはラテンだけど、これはクラブ志向に入れていいのかもしれない。

おまけのおまけ:宇多田ヒカル渋谷系

90年代の中ごろを境にして、ムーブメントとしての渋谷系と、その後のジャンルになってからの「渋谷系」といわれる音楽がどう違っているのか? どうジャンルとして固定化されたのかを考えてみるんだけど、まずクラブ音楽、ダンスミュージックとしての性格は間違いなく消えていると言えるんじゃないだろうか。

考えてみれば、90年代はダンスミュージックがこれほど流行ったことがあったのかというくらい、メジャーからマイナーまでダンスサウンドが日本中を席巻した時代であり、サブカルチャー(あるいはアンダーグラウンド)な面ではヒップホップもやテクノ・ミュージックの熱が高まっているし、渋谷系もその影響を受けた文化系の一派と見ることができる。

一方でメジャーシーンでは、それこそ「TKプロデュース」の全盛期であり、小室哲哉が手がけたtrfやglobeなどがチャートを賑わせた。しかし、その熱は1998年に突然終わりを告げるようだ(ウィキペディアによるとだけど)。

1997年に安室奈美恵「CAN YOU CELEBRATE?」が年間ランキング1位を獲得したものの、翌1998年は小室作品がTOP30にランクインしないなどその失速は急激なものであり……

小室ファミリー - Wikipedia

1998年に何があったのか? 賢明な読者諸君にはお分かりのように、ここで「宇多田ヒカルがデビュー」してるというのはかなり象徴的なんではでないかなあとおもう。宇多田ヒカルが作る音楽は一貫してずっとクラブミュージックなんだけど、しかしそこでダンスを前提としたような聞かれ方をほとんどしていなさそうということがおもしろい。

文化系的なダンス音楽でチャートのトップを取ってしまったという無理矢理な見方でもって、ダンス音楽のアンダーグラウンドとメジャーシーンは、宇多田ヒカルという個人によって統合されてしまったのだ、みたいな壮大な物語を語ることも可能ではないだろうか(ということは宇野さんの本には書いてなかったとおもう)。

1998年の宇多田ヒカル (新潮新書)

1998年の宇多田ヒカル (新潮新書)

おまけのおまけその2 東京のライブハウスシーンの変遷と○○系

90年代の東京の音楽シーンを、そこで活躍したプレイヤーたちがどういうハコでプレイしていたのかを考えるのもおもしろい。

例えば、新宿にJAMというライブハウスがあって、そこに集まったモッズな人たちが90年代以降のさまざまな音楽シーンのベースになっていたりする。その話がこのインタビューで読めて、すごく面白い。

www.cdjournal.com

その当時、明治通りをはさんだほぼ向かい側に、よりメジャーなバンドが出演する日清パワーステーションがあった。新宿にオールスタンディングで方向性の違うライブハウスが2つ隣接していたことは、音楽の街として新宿の位置づけに影響していたかもしれない。

90年代にはいって、渋谷にもクラブ・クアトロやON AIR(いまのO-EAST)ができたが、これは「渋谷系」の成立に影響を与えているだろうし、下北沢により小さなクラブQUEができたことは、レコードショップ「ハイライン」の存在と並んで、下北沢にインディギターロックっぽさをもたらしたようにおもう。

新宿には今もJAMは同じ場所にあるけれど、パワステが閉店し、ロフトが移転し、そしてリキッドルームが終わった(恵比寿移転)したことで、なにか新宿の時代が終わったような印象があった。